2010年11月15日月曜日

大切な1日

11月14日は私にとって
年に1回の忘れられない日です。

私の親友が亡くなった命日。

やっと3年。
もう3年。
まだ3年。

たくさんの人の様々な想いが
きっとあることでしょう。

3年前の11月14日には
彼は生きていました。

それが一瞬の出来事で
彼と彼を愛する人の人生を
大きく変えてしまった、、、。

私はお寺の環境で人の生死を学び、
日々精進しているつもり。

でも正直、、、

自分の身の回りの「死」を
なかなか受け入れられない
弱い自分がずっといました。

人生にはどうにもならない
出来事が突然起きる。

きっとその出来事はあなたも
私も乗り越えられるからこそ
与えられる大きな壁。

そもそも乗り越えられない
問題ならはじめからあなたに
降りかかってくるはずがない。

わかっている。
わかっているけど、、、

親友の死は本当に辛かった。


今年もお墓参りに彼の
生まれ故郷を訪ねた。

忙しいお昼時にも関わらず
快く私たち夫婦を受け入れて
下さるお父さんとお母さん。

綺麗に新調したお仏壇で
心地よさそうに眠る彼に
再会しました。

静かな時がただ流れていく。

お母さんが初めて心境を
語ってくれました。


「3年前の今ごろは生きていた
と思うと言葉になりません。

病気ならまだどこかで諦めが
つくと思いますが、

まさかあんな別れ方をするなんて、、、。

子として生まれてきたのならば、
順番を守らなくてはいけませんね。」

私は言葉を失いました。

初めて本音を伝えてくれた
お母さんにうまく声をかけて
あげることができません。

「3年も経てば親戚や近所の方も
息子の存在を忘れていくもの。

でもこうしてはるばる名古屋から
こんな田舎に息子へ逢いに来て
くれるなんて、、、。

親バカですが、あの子は本当に
みなさんから愛されていたのですね。

平野さん、本当にありがとう、、、。」

必死でこらえていたお母さんの
涙がボロボロと膝に落ちました。

お母さんの胸を抉るような
苦しいが伝わってきました。


「命」とは何だろう?


30歳になった私は意識を
しています。

自分の命には限りがある。

今を精一杯生きていくこと。

そして、

残された命で何を真剣に
刻むことができるか。

命あるこの瞬間にどれだけ
感謝の心を持つことができるか。

そして、

人の死、自分の死に
覚悟を持つことができるのか。


決して他人事ではありません。
人は必ず人生に終わりを迎えます。

限られた命を精密に逆算
することはできないかもしれない。

けれども、

与えられたこの命を
自分のためだけではなく、
この世の中に役立つことを
必死で探し続けなければ
ならないと思う。

平野滋之としての「華」を
精一杯咲かせる努力を惜しんでは
いけないと思う。

生きることに感謝。
活かされていることに感謝。
命の繋がりに感謝。

11月14日に感謝。

また来年も、逢いに行くよ。

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