3月1日。
得度するまで丁度一週間。
得度(出家)とはなんなのか。
どうしてする必要があるのか。
本当にしてもいいのか。
そんな深い悩みの中にずっといる
自分がいる。
私はお坊さんになろと思っていた
人間ではない。
むしろ「お坊さんだけにはなりたいくない」
そう強く思っていた。
今日、方丈様に得度式の意味を聞いた。
そこで初めて心の中のモヤモヤが晴れる
ような感覚を抱いた。
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出家は家出ではない。180度違うから言葉も逆。
新しい名前(戒律)を授かることにより、
今までの悪を懺悔し悔い改めて過去の呪縛から
解放されて新たな道を進むこととなる。
懺悔することは、
怒り、妬み、痴など心の雑念。
意識し、口で発し、体で行動してきた悪業の我から
一切離れて懺悔すべし、ということ。
人は誰でも死ぬ。すると得度式とおなじ
受戒得をする。これがお葬式。
生きた人が仏道に進むときは得度式。
死んだ人が仏道に進むときは葬式。
師匠につき、仏道を学び、我を離れて、
己の生き方を問い、命を輝かせていく。
これが得度の意味。
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懺悔を書き出す必要があると思う。
33年間の平野滋之はどんな人だったか。
どんな人生を歩んできたのか。
何を考え、何を好み、何を指標に人生を決断し、
何に怯え、何に恐怖心を持ち、何を得た人生か。
この1週間で1度、私は死ぬ。
そう考えると、「死」に向き合うことが
かなりリアルに感じるようになってきた。
1日1日が本当に大切に思えるし、
家族、職場、仲間の大切なが身に染みて
感じることができる。
怒っている時間はない。
悲しんでいる時間はない。
妬んでいる時間はない。
責めている時間はない。
迷っている時間はない。
あと7日で私は1度死ぬ。
そして生まれ変わる。
まっ白な状態としてこれから生き方に
軌跡が描かれていく。
怖い。不安。
とにかく心配ばかり。
でも、進むしかない。
時間は進んでいる。
在家としての最後の7日間をリアルに
記録に残していきたいと思う。